インド旅日記 7 - チベット仏教入門
2/18から8日間、
ダラムサラにあるツシタメディテーションセンターで、
仏教入門8日間合宿コースを受けてきた。
またもや瞑想修行で、今回もしゃべってはいけないコースだったけど、
ヴィッパーサナ瞑想合宿のハードコアさとはうってかわり、
ほどよくゆるく、とてもいい感じの雰囲気だった。
ダラムサラの山の上の方にあって、場所もとてもいいところで、
ご飯もとても美味しく、食べ過ぎてしまうほど。。
そして何より、仏教のレクチャーと瞑想時間がものすごく有意義だった。
ブッダはすごい!かっこいい!
仏教について初めてレクチャーを受けたけど、
ブッダの教えがこんなにも論理的でものすごく現実的でクールだとは知らなかった。。。
コースの始めに先生が、
「仏教はスーパーマーケットのようなもの。
仏教の教えの中で、自分でいいと思うもの、必要なものだけを取り入れて、実践していけばいい。」
と言っていた。
ブッダ自体も、自分の教えを盲目的に信じるのではなく、
自分自身でその教えを研究し、経験して、自分で正しいと思ったら実践していきなさい、
といつも言っていたらしい。
なんてクールなブッダ。
だから、これを信じなければ地獄に落ちる、とか言ってしまう宗教団体は、
ほんと、偏った信念を持っているのだと思う。お金儲けとか。
そして、ダライラマ法王の法話のブログにも書いたように、
チベット仏教(大乗仏教)の一番特徴的な教えは、
ただ自分のみが解脱を目指すのではなく、
解脱して、さらに生きとし生けるものすべてが苦しみから解放されるために、
ダライ・ラマ法王のようにこの現実世界に残り、人々のために尽くすというもの。
まさに、大きな船に乗ってみんなで苦しみから抜け出そう!(大乗)といったところ。
愛と慈悲である。
チベット仏教の瞑想法は、一点集中によって集中力を高め、さらに、あらゆるテーマを挙げてそれについて分析的な瞑想をしていくという、主に2つの瞑想法がある。
「母なる愛、慈悲」
「空」
「死」
「許すこと」
などについて瞑想練習をした。
特に、「死」について瞑想することは、
自分が死をどのように迎えるかを、心の波が静まった状態で観念することで、
いかに今日、この瞬間、「今」が尊いものであるかを心の深い部分で感じ、
「今」をいかに大事に生きるかということにつながっていくというもの。
現代社会は、「死」を遠ざけたいもの、嫌なものとして見えない場所に追いやろうとしてるが、
私たちは、生まれた瞬間から「死」に向かって歩んでいるのはまぎれもない事実。
いかに「死」と向かい合うことで、「生」がどれだけ尊く、はかなく、大事かを感じるのである。
その他素晴らしい教えをいっぱいいただいて、
仏教スーパーマーケットの私の買い物かごはいっぱいになってしまった!
ので、少しずつ消化しながら、研究しながら、
自分の生き方に取り入れていきたいと思う。
またもや、こんな素晴らしい時間をもてたことに、本当に、心から感謝です。
ありがとうございます!
日本帰ったら、
手塚治虫氏の「ブッダ」を読み返そ。
治虫氏、さすがだわー。
ダラムサラにあるツシタメディテーションセンターで、
仏教入門8日間合宿コースを受けてきた。
またもや瞑想修行で、今回もしゃべってはいけないコースだったけど、
ヴィッパーサナ瞑想合宿のハードコアさとはうってかわり、
ほどよくゆるく、とてもいい感じの雰囲気だった。
ダラムサラの山の上の方にあって、場所もとてもいいところで、
ご飯もとても美味しく、食べ過ぎてしまうほど。。
そして何より、仏教のレクチャーと瞑想時間がものすごく有意義だった。
ブッダはすごい!かっこいい!
仏教について初めてレクチャーを受けたけど、
ブッダの教えがこんなにも論理的でものすごく現実的でクールだとは知らなかった。。。
コースの始めに先生が、
「仏教はスーパーマーケットのようなもの。
仏教の教えの中で、自分でいいと思うもの、必要なものだけを取り入れて、実践していけばいい。」
と言っていた。
ブッダ自体も、自分の教えを盲目的に信じるのではなく、
自分自身でその教えを研究し、経験して、自分で正しいと思ったら実践していきなさい、
といつも言っていたらしい。
なんてクールなブッダ。
だから、これを信じなければ地獄に落ちる、とか言ってしまう宗教団体は、
ほんと、偏った信念を持っているのだと思う。お金儲けとか。
そして、ダライラマ法王の法話のブログにも書いたように、
チベット仏教(大乗仏教)の一番特徴的な教えは、
ただ自分のみが解脱を目指すのではなく、
解脱して、さらに生きとし生けるものすべてが苦しみから解放されるために、
ダライ・ラマ法王のようにこの現実世界に残り、人々のために尽くすというもの。
まさに、大きな船に乗ってみんなで苦しみから抜け出そう!(大乗)といったところ。
愛と慈悲である。
チベット仏教の瞑想法は、一点集中によって集中力を高め、さらに、あらゆるテーマを挙げてそれについて分析的な瞑想をしていくという、主に2つの瞑想法がある。
「母なる愛、慈悲」
「空」
「死」
「許すこと」
などについて瞑想練習をした。
特に、「死」について瞑想することは、
自分が死をどのように迎えるかを、心の波が静まった状態で観念することで、
いかに今日、この瞬間、「今」が尊いものであるかを心の深い部分で感じ、
「今」をいかに大事に生きるかということにつながっていくというもの。
現代社会は、「死」を遠ざけたいもの、嫌なものとして見えない場所に追いやろうとしてるが、
私たちは、生まれた瞬間から「死」に向かって歩んでいるのはまぎれもない事実。
いかに「死」と向かい合うことで、「生」がどれだけ尊く、はかなく、大事かを感じるのである。
その他素晴らしい教えをいっぱいいただいて、
仏教スーパーマーケットの私の買い物かごはいっぱいになってしまった!
ので、少しずつ消化しながら、研究しながら、
自分の生き方に取り入れていきたいと思う。
またもや、こんな素晴らしい時間をもてたことに、本当に、心から感謝です。
ありがとうございます!
日本帰ったら、
手塚治虫氏の「ブッダ」を読み返そ。
治虫氏、さすがだわー。

















